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京都舞妓の歴史

舞妓の始まりは水茶屋の集客合戦

京都舞妓のルーツは今からおよそ300年前、北野天満宮や八坂神社の門前町にあった水茶屋で、参拝客にお茶や団子をふるまった女性が始まりだといわれています。
はじめは「茶屋」の名のとおり、お茶や団子を出すだけでしたが、次第に茶屋の女性たちが舞や歌を披露するようになって、人が集まるようになりました。これが今でいう「芸妓」にあたる女性です。
茶屋同士の集客合戦は次第に熾烈を極め、やがて少女にかわいい着物を着せ、舞を踊らせるようになりました。これが「舞妓」の始まりです。

花街のしきたり
一歩足を踏み入れた途端、夢の世界へ誘ってくれる「祇園の花街」。そこには、古くから引き継がれる風習や決まりごとがあります。今もなお、花街を魅力あるものとしている花街のしきたりをご紹介します。

「一見(いちげん)さんお断り」の世界

花街にある多くのお茶屋さんでは、紹介者がいないとお店に入ることができない「一見さんお断り」の風習が今もなお残っています。
最近は、高級旅館やホテルからの紹介で一見さんでも気軽に入ることができる店が増えましたが、格式の高い店はほとんどが「一見さんお断り」となっています。
そんなお茶屋さんですが、その理由は花街とお客さんの深い信頼関係にあります。
花街では当日に代金を支払うことはありません。お茶屋遊びの当日は、料理代や花代(舞妓や芸妓に対する代金)などはすべてを女将が立て替える、いわゆる「ツケ払い」が原則になっています。したがって身元のはっきりしない一見さんはお断りということになるのです。
そしてもう一つ。初めてのお客さんで、好みが分からない場合、お客さんに満足してもらえるおもてなしができないというのも理由です。

浮気は御法度

夫婦や恋人たちと同様、花街の世界でも浮気者は嫌われます。
お茶屋遊びをするお客さんには、付き合えるお店は1軒だけという暗黙のルールがあります。
信用がものをいう世界である花街では、お店を変えることは、その店を裏切るということになるのです。
花街では、お茶屋さんは違っても「どの置屋(おきや)の誰だれ」というように、気に入った舞妓や芸妓を呼ぶことができます。
したがって、スナックやクラブのように「店を変えて」という必要はありません。
浮気をする人は、たちまち街中に噂が飛び交って、すぐに嫌われてしまいます。

花街は夢の世界

花街はお客さんにとって夢の世界。舞妓・芸妓は生活感を漂わせてはいけません。
例えば、舞妓・芸妓はほとんど水仕事を行いません。なぜならば、お客さんが舞妓・芸妓の手を見たときに、肌荒れやさかむけなどがあると、どうしても所帯じみて見えるからだそうです。
また、腕がたくましくなるといけないので、戦前〜戦後すぐほどの舞妓は、お箸や扇子以上に重い物は持たせてもらえなかったそうです。

京都舞妓ものがたり
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  • 祇園の成り立ちと人物
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「舞妓」は京都だけ
「舞妓」という呼び名の歴史は意外と新しく、大正時代に入ってからと言われています。しかも「舞妓」は京都の花街だけの呼び名であることはご存じでしょうか?関東では、京都でいう舞妓のことを「半玉(はんぎょく)」、芸妓のことを「芸者」と呼びます。
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